阪急新大阪連絡線の未成線を歩く。新大阪駅西側は今も痕跡が濃いが、風景はこれから変わっていくかもしれない
新大阪駅西側に残る阪急新大阪連絡線の未成線跡は、東側よりも「ここに線路を通すつもりだったのでは」と感じやすい場所が多く残っています。
ただし、現地を歩いた印象では、なにわ筋線が新大阪までつながる構想が語られている一方で、この西側エリアに地上工事が一気に広がっているような気配はまだ強くありません。
それでも、計画や周辺整備の動き次第で景色が変わる可能性は十分にあります。
今見えている未成線の痕跡も、数年後には見え方が変わっているかもしれません。
だからこそ今回は、新大阪駅西側に残る阪急新大阪連絡線の未成線跡を、いまの風景として記録しておきます。
なお、東側については別記事でまとめています。
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新大阪駅西側は、未成線の気配が今も比較的わかりやすい
新大阪駅西側は、東側に比べると未成線の気配が残っている場所が多い印象です。
もっとも、この一帯も昔のままではありません。
西側の用地の一部は、すでに新幹線関連のスペースとして使われてきた経緯があり、かつての計画用地がそのまま残っているわけではありません。
修学旅行などで新幹線に乗ったとき、新大阪駅26番線の北側にコンクリートだけの空き地のような場所が見えて、「この先に何かできそうだ」と感じた記憶がある方もいるかもしれません。
そうした余白や不自然な空間の一部が、阪急新大阪連絡線の計画と重なって見えるのが、この西側の面白さです。
未成線跡として見ると、単なる空き地や駐車場にも意味が出てきます。
在来線の西側から見えてくる、計画地らしい空間
まず見ておきたいのが、在来線の西側エリアです。
撮影場所:セブンイレブン 大阪宮原一丁目店


このあたりは、北方貨物線が新幹線高架下から現れる地点でもあり、鉄道の線路配置そのものがかなり独特です。
新大阪駅北側は商業施設やビルが並び、いまの街並みだけを見ると「ここに新線を通すのは簡単ではなさそうだ」と感じます。
それでも、空間の取り方や高架まわりの構造を見ていると、もともと何らかの接続や通過を意識したようにも見えてきます。
未成線跡は、地図だけで追うより、現地で線路や高架の位置関係を見るほうがずっと想像しやすいです。
御堂筋線新大阪駅付近には、今も強く記憶に残る構造がある
西側で特に「未成線らしさ」が濃く感じられるのは、地下鉄御堂筋線新大阪駅の北側周辺です。
撮影場所:目利きの銀次 新大阪北口駅前店

この場所から見ると、いかにも何かを受け入れるために用意されたような構造が見えてきます。
さらに、駅の構造が分かりやすいのが次の地点です。
撮影場所:新大阪駅歩道連絡通路


白っぽい覆いがかかっているように見える部分は、見方によっては将来の線路敷を想定していたようにも感じられます。
中央付近の突起のような形も含めて、ただの偶然の構造というより、何かを前提にした造りに見えてしまうんですよね。
もちろん、現地で見て感じる部分も大きいのですが、こうした「未成線を受け入れる準備があったのでは」と思わせる構造が残っているのが、西側編の見どころだと思います。
西側の用地は、駐車場や車庫として使われている場所も多い
西側では、かつて鉄道用地だったと考えられるスペースの多くが、現在は駐車場や車庫などとして活用されています。
コインパーキング、阪急バス関係のスペース、レンタカー車庫など、完全に遊休地のままというわけではありません。
撮影場所:パチンコマジックバード3

こうした使われ方を見ると、「鉄道予定地がそのまま眠っている」というより、都市の中で別の役割を与えられながら残っている印象です。
一方で、見方を変えれば、それだけ再開発や再編の余地を残しているとも言えます。
高架下から眺めたときに、新たに整えられた部分と、以前からの構造が混ざって見えるのも、このエリアの特徴でした。
新幹線と貨物線のあいだを抜ける、アンダーパスの不思議さ
西側でも印象に残るのが、新幹線高架をアンダーパスする地点です。
撮影場所:念法眞教 大阪淀川念法寺


このあたりは、地上を北方貨物線が走り、その上を新幹線が通るという立体的な構造になっています。
そのため、真ん中を抜けるために高架の一部が薄くなっているように見える場所があり、東側のアンダーパスと似た雰囲気を感じました。
いかにも「何かを通すことを前提にしていたのでは」と思わせる空間で、未成線跡を歩いている実感が強まるポイントです。
しかも、この近辺には阪急の境界標が確認できる場所もありました。

計画線を完全に目で追えるわけではなくても、こうした標識が残っているだけで、ただの思い込みではなく、実際の用地だったことを感じさせてくれます。
新幹線高架を越えた先にも、境界杭の痕跡が残る
さらに進むと、予定線上と考えられる地点に境界標や境界杭が点々と残っています。
撮影場所:淀川区野中南1-12

埋もれかけた杭の中には、阪急のものと考えられるものもありました。
街の中で見ると、明らかに「なぜここに杭があるのか」と思う位置に残っていて、かえって印象に残ります。



こうした痕跡は、開発や土地利用の変更が進むと、意外なほどあっさり消えてしまいます。
今はまだ拾えるものがあっても、今後も同じように残るとは限りません。
だからこそ、今のうちに記録しておく意味があると感じました。
宝塚線へ近づくほど、用地の名残と現在の街並みが入り混じる
宝塚線との合流が想定された地点に近づくと、さらに用地の痕跡が見えてきます。
撮影場所:野々宮稲荷大神






この周辺では、いたるところに阪急の文字が入った境界標や、その痕跡らしきものが見られました。
中には、すでに引き抜かれた境界杭もあり、土地の編入や再整理が進んだことを思わせる場面もあります。
つまり、完全に昔のまま残っているわけではなく、少しずつ現在の街並みに吸収されている途中なのだと思います。
未成線跡としてはかなり分かりやすい部類ですが、それでも永遠にこのままではないはずです。
合流地点は想像をかき立てるが、痕跡は意外と静かだった
そして、ここが宝塚線との合流地点と考えられる場所です。
撮影場所:ゴルゴ十三


現地で見ると、微妙な空間の取り方や線形から「たしかにここだったのかもしれない」と感じます。
ただ、決定的に分かりやすい境界標識までは確認できず、あくまで痕跡を積み上げて想像する地点という印象でした。
当時の列車本数や運行形態を考えると、平面交差での合流だった可能性を想像したくなる場所でもあります。
このあたりは、未成線跡の面白さがよく出るところです。
はっきり残っているものだけでなく、周囲の地形や線路配置から「こうつながるはずだったのでは」と考える余地があるんですね。
まとめ:西側は遺構が比較的濃いぶん、今のうちに見ておきたい区間だった
新大阪駅西側は、東側よりも阪急新大阪連絡線の未成線跡を感じやすい区間でした。
境界標、境界杭、アンダーパス、高架まわりの構造、そして駐車場として使われる不自然な余白。
そうしたものが重なって、「ここに鉄道を通す計画があった」という実感につながります。
一方で、現時点ではこの西側一帯で、なにわ筋線が新大阪まで延びることを前提に地上工事が大きく進んでいるような印象は、現地ではまだ強くありませんでした。
ただ、計画そのものが消えたわけではなく、今後の事業化や周辺整備の進み方次第では、風景が動き出す可能性はあります。
だからこそ、この西側編は「もう完全に消えた跡」ではなく、「まだ読めるうちに見ておくべき跡」として残しておきたいと思いました。
未成線跡を歩くときは、住宅地や事業地の近くを通る場面も多くなります。
探索するなら、私有地に入らないことはもちろん、近隣の迷惑にならないよう節度を持って歩きたいところです。
東側とあわせて見ていくと、阪急新大阪連絡線がどこまで具体的に計画され、どこから街の変化の中に埋もれていったのかが、より立体的に見えてきます。
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以上、参考になれば嬉しいです。
それでは今日も1日、お元気で…
